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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)314号 判決 1984年4月26日

原告

村田雅一

ほか一名

被告

富田宏和

ほか二名

主文

一  被告富田宏和、同富田恒男は原告村田雅一に対し各自金一一八五万〇五七〇円及びうち金一〇八五万〇五七〇円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告富田宏和は原告村田雅一に対し金五七万四二〇五円及びうち金五二万四二〇五円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告富田宏和、同富田恒男は原告村田玲子に対し各自金一一三一万〇五七〇円及びうち金一〇三一万〇五七〇円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告日新火災海上保険株式会社は原告村田雅一に対し、本判決中同原告と被告富田宏和に関する部分が確定したときは、金一二四二万四七七五円及びうち金一一三七万四七七五円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、本判決中同原告と被告富田恒男に関する部分が確定したときは、金一一八五万〇五七〇円及びうち金一〇八五万〇五七〇円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告日新火災海上保険株式会社は原告村田玲子に対し、本判決中同原告と被告富田宏和、同富田恒男の双方又はいずれか一方に関する部分が確定したときは、金一一三一万〇五七〇円及びうち金一〇三一万〇五七〇円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

六  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

八  この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告富田宏和、同富田恒男は被告村田雅一に対し、各自金二九三五万一七八二円及びうち金二六〇五万六七八二円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告富田宏和は原告村田雅一に対し、金六五万一四五〇円及びうち金五九万二四五〇円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告富田宏和、同富田恒男は原告村田玲子に対し、各自金二八六九万一七八二円及びうち金二五四五万六七八二円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告日新火災海上保険株式会社は原告村田雅一に対し、本判決中同原告と被告富田宏和に関する部分が確定したときは、金三〇〇〇万三二三二円及びうち金二六六四万九二三二円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、本判決中同原告と被告富田恒男に関する部分が確定したときは、金二九三五万一七八二円及びうち金二六〇五万六七八二円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被告日新火災海上保険株式会社は原告村田玲子に対し、本判決中同原告と被告富田宏和、同富田恒男の双方又はいずれか一方に関する部分が確定したときは、金二八六九万一七八二円及びうち金二五四五万六七八二円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は被告らの負担とする。

7  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名の地位

原告村田雅一(以下原告雅一という。)は亡村田充(以下亡充という。)の実父、原告村田玲子(以下原告玲子という。)は亡充の実母である。亡充には配偶者及び子供はいないので、原告両名が亡充の相続人である。

2  交通事故の発生(以下本件事故という。)

被告富田宏和(以下被告宏和という。)は、昭和五六年一〇月三〇日午前七時一〇分ころ、普通乗用自動車(登録番号京五六ぬ一三五一、以下被告車という)を運転し、京都市右京区太秦下刑部町七番地先の三条通を西進中、対向進行してきた亡充運転の普通乗用自動車(登録番号京五五ろ〇八八〇、以下原告車という)の前部に被告車前部を衝突させ、その結果、亡充は脳挫傷の傷害を負い、同日午前八時四〇分ころ死亡し、また原告車は大破した。

3  責任原因

(一) 被告宏和関係

(1) 不法行為責任

被告宏和は、本件事故当時、酒気を帯び、呼気一リツトルにつき〇・四五ミリグラムのアルコールを身体に保有した状態で被告車を運転し、また前方注視を尽さず、対向車両の有無を確認しないまま、制限速度時速四〇キロメートルを著しく超える時速約八〇キロメートルに加速し、道路中央を大きく右にはみだし道路中央部に敷設されている京福電車軌道東行(対向)線路の外側(北側)レール上まで進出して先行車(林喜義運転)の追越しを開始した。そのため右軌道敷東行線路上を対向してきた原告車の運転者亡充はやむを得ず右にハンドルを切つて衝突をさけようとしたところ、被告宏和が左へハンドルを切つたため、両車は正面衝突した。

被告宏和は、右のとおり酒気を帯びて正常な運転のできない状態で自動車を運転し、また前方注視義務を尽さず対向車の有無を確認しないまま道路中央を大幅に対向車線にはみだし、制限速度をはるかに超える高速度で運転し、更に対向車との衝突を避けるための適切な操縦をなさず本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づく責任がある。

(2) 運行供用者責任

被告宏和は、事故当時被告車を運転していたものであるから、「自己のために自動車を運行の用に供する者」として自賠法三条に基づく責任がある。

(二) 被告富田恒男関係

被告富田恒男(以下被告恒男という。)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく責任がある。

4  損害

(一) 亡充の逸失利益

亡充は、高校卒で死亡当時二二歳一〇か月の健康な男子であつたから、本件事故で死亡しなければ、その余命は五二年余あり、少なくとも満六七歳までの四五年二か月間は稼働しえたものである。ところで、亡充は、死亡時株式会社丸織(以下丸織という。)に正社員として勤務していたが、同人は、生前丸織に永年勤務する意思を有していたうえ、丸織には定年の規定はあるが現実には適用されていないので、満六七歳まで同社で稼働しえた。そして亡充の逸失利益としては、次のとおり給与と退職金とをあげることができる。

(1) 給与

丸織は、同社が所属する京都織物卸商業組合が毎年作成する年齢別モデル賃金表(甲第一五号証)を参考にしてそれに記載された賃金額を下まわらないように自社従業員の給与を決めている。右賃金表は、勤続年数が増すにつれそれに応じて昇給することを示し、更に将来物価が上昇した場合給与も当然上昇するものである。なお右賃金表に記載の給与額は、基準内給与、即ち月毎に支給される給与のうち、残業手当、休日手当を含まないものである。

ところで、亡充は、昭和五三年大学を二年目で中退し、三年目の直前にあたる昭和五四年三月から丸織に勤務するようになつた。そのため、亡充は、丸織では給与面において入社後一三か月間を便宜上高校卒二年目とみるという取扱いで出発し、以後は同年齢の高卒者より一年遅れた取扱いで賃金が決められた。

従つて亡充が生存していれば、少なくとも六七歳に達するまでの間年齢毎に当該年齢の一歳下の年齢に相応する右賃金表男子高卒欄記載の収入を毎月得たほか、丸織においてはこれまで年間に月給の三ないし四か月分の賞与を支給してきたから、少なくとも三か月分の賞与を得るはずであつたのにこれらを失つた。右期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いて死亡時における亡充の逸失利益を算定すると、別紙給与及び賞与にかかる逸失利益計算書のとおり合計五三二一万五六六五円となる。

なお、右算定にあたつては、二二歳の二か月分は過去三か月の現実に受けた給与額に基づき年末賞与推定額二か月分を加算した金額により、また二三歳分までは既に亡充の死亡時から本訴提起まで一年三か月余り経過しているので、中間利息相当額の控除をなさなかつた。

(2) 退職金

丸織の退職金は、同社の給与規定によつて決められ、現在は昭和五二年三月二〇日改正の規定(甲第一八号証)によつている。ところで、右規定の退職金一覧表には、勤続年数に応じて一定の幅をもつた金額が定めてあるが、丸織では、勤続中同社に大損害を与えるなどの例外の事例がない限り、上限の数額の退職金を支給し、また勤続年数三八年を超える者については、少なくとも勤続年数三八年で退職した者の退職金を支給している。

従つて、亡充は、前記のとおり丸織に満六七歳まで四五年間勤務することができたものであるので、右給与規定の退職金一覧表の金額を基準として、六七歳で退職するとき、少なくとも八五〇万円の退職金を得るはずであるのにこれを失つた。そして中間利息の控除につきホフマン方式を用いて亡充の死亡時における現価を算定すると次のとおり二六九万七九〇〇円となる。

850万×0.3174=269万7900

(3) 以上により、原告らは、亡充の実父母として亡充の合計五五九一万三五六五円の右逸失利益損害賠償請求権をその各二分の一にあたる二七九五万六七八二円ずつ(一円未満切捨)相続した。

(二) 慰藉料

亡充の死亡による慰藉料請求権は原告らに相続され、また原告らは父母として受けた精神的苦痛について固有の慰藉料請求権を有する。右の慰藉料請求権の金額は合計して原告らそれぞれに七五〇万円ずつを下らない。亡充は原告ら夫婦の唯一の男子であり、年齢的に原告らには再び男子をうる見込みがないばかりか、亡充は婚約していた女性に対し昭和五六年一〇月一八日結納をすませ、昭和五七年三月一四日結婚式を挙げて新しい人生に踏み出そうとしていた直前に本件事故にあつたものである。この事情を考えると右慰藉料額は当然の金額である。

(三) 葬儀費用

控え目にみても六〇万円を要し、これを原告雅一が全額負担し、同額の損害を蒙つた。

(四) 物損

原告車は大破し修理不能となつたため、その所有者である原告雅一は、営業上自動車が必要であるので、代替車としてそれと同じ中古シビツク乗用自動車を購入せざるを得なくなり、五九万二四五〇円の支出を余儀なくされ、右金額相当の損害を蒙つた。

(五) 損害の填補

原告らは、本件事故による損害につき、自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受け、その二分の一である一〇〇〇万円ずつを原告雅一については右(一)ないし(三)の損害の、また原告玲子については右(一)、(二)の損害のそれぞれ一部に充当した。従つて右損害のうち未だ填補を受けていない額は原告雅一においては右(一)ないし(三)につき二六〇五万六七八二円及び(四)の五九万二四五〇円であり、また原告玲子において右(一)、(二)についての二五四五万六七八二円である。

(六) 弁護士費用

被告らは事故後今日までその賠償につき誠意ある態度を示さなかつたので、原告らはやむなく本訴の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任し、同代理人らに対し京都弁護士会報酬規定に基づき、原告雅一において前記損害総額(填補額を控除後)二六六四万九二三二円に対応する着手金及び報酬各一六七万七四六一円合計三三五万四〇〇〇円(千円未満切捨)を、原告玲子において同様損害総額二五四五万六七八二円に対する着手金及び謝金各一六一万七八三九円合計三二三万五〇〇〇円(千円未満切捨)をそれぞれ支払う旨約し、右金員相当の損害を蒙つている。

(七) 各被告の原告らに対する債務

(1) 被告宏和、同恒男は、原告雅一に対し、自賠法三条により各自その損害のうち前記(一)ないし(三)の未填補額合計二六〇五万六七八二円及びそれに対応する弁護士費用三二九万五〇〇〇円並びに右(一)ないし(三)の未填補額合計二六〇五万六七八二円に対する本件事故発生の日である昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(2) 被告宏和は、原告雅一に対し、民法七〇九条により損害のうち前記(四)の五九万二四五〇円及びそれに対する弁護士費用五万九〇〇〇円(千円未満切捨)並びに右五九万二四五〇円に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある(なお原告雅一の前記弁護士報酬債務は、前記(五)を除く総損害額(填補以前の部分)を基準に算定されたものである。報酬規定は訴額が高くなるにつれその部分に対する報酬の割合が低下するよう定められている。右(1)と(2)の弁護士報酬の割つけは、(2)を最高部分として決めた)。

(3) 被告宏和、同恒男は、原告玲子に対し、自賠法三条により各自同原告の前記(一)、(二)の未填補の損害金二五四五万六七八二円及び弁護士費用三二三万五〇〇〇円並びに右二五四五万六七八二円に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

5  日新火災海上保険株式会社(以下被告会社という。)

(一)(1) 被告会社は、保険者として昭和五五年一二月二七日、被告恒男と、被告車を被保険車とする対人賠償保険金一億円、対物賠償保険三〇〇万円、保険期間一か年の自家用自動車保険契約を締結した。この保険契約において被告恒男及び同居の親族にあたる被告宏和が被保険者となつている。

(2) 右契約の約款によると、被保険者である右両被告のいずれかに対する原告両名の対人事故による損害賠償請求権が判決により確定したときは、原告両名が被告会社に対し、右保険金額の範囲で直接請求できることが認められている(自家用自動車保険普通保険約款第一章第六条)。即ち、原告両名は前記物損による損害賠償請求権を除く原告両名の本訴請求にかかる金員を被告宏和または同恒男に対する本訴についての判決の確定を条件に、被告会社に対して直接請求することができる。

(3) 原告雅一の被告宏和に対する物損の損害賠償請求に関しては、右保険の約款によると、被保険者である同被告に対する原告雅一の本訴請求にかかる判決確定のとき同被告から被告会社に対し請求できることになつている(自家用自動車保険普通約款第六章第一九条)。ところで、被告宏和は、本件事故の刑事責任につき禁錮一年四月の判決が確定し、目下服役中で無資力であるから、原告雅一は同被告の被告会社に対する本件物損についての保険金請求権を代位行使する。

(4) なお、被告会社に対する本訴請求は将来の給付を求める訴に該当するが、事故後今日まで相当の年月を経過している情況にかんがみ、予めその請求をなす必要がある。

(二) 従つて原告らは被告会社に対しそれぞれ被告宏和、同恒男に対する本判決の確定を条件に前記4(七)記載の金員に相当する保険金を請求することができる。

6  よつて、各原告は被告ら各自に対し請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実は認める。

同3(一)(1)の事実は否認する。

同3(一)(2)、(二)の各事実は認める。

同4(一)ないし(四)、(六)の各事実は否認する。

同4(五)のうち原告らが自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。

同4(七)は争う。

同5(一)(1)の事実は認める。

同5(一)(2)(3)の事実のうち原告ら主張の保険約款があること被告宏和が目下服役中で無資力であることは認める。

同5(一)(4)、(二)は争う。

三  抗弁

被告宏和は先行車の追越しを開始し、本件事故現場付近の京福電車の軌道北側レール上に進出した地点(衝突地点の約三三・〇五メートル手前)で対向してきた原告車を前方約五七メートルの地点に発見したが、その際原告車が一旦左にハンドルを切つたが、次の瞬間右にハンドルを切つたため右軌道中央部で両車は正面衝突した。ところで被告宏和が原告車を発見した際の原告車はその進路左側道路側端より約五メートルの地点にあり、また当時原告車左側道路上には進行車もなかつたのであるから、原告車は当時左側へ回避不可能な状況にはなく、亡充の右方への避譲措置は不適当なものであつた。また本件事故当時原告車も先行車の追越しをセンターラインを越え、かつ決定速度(時速四〇キロメートル)を大幅に超える時速約六〇キロメートルの高速度で開始して進行していたものであつて、亡充は衝突直前に初めて被告車を発見したものである。

従つて亡充にも本件事故発生につき前方不注視及び避譲措置不適当の過失があり、これを賠償額の算定に当つて斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからここに引用する。

理由

一  原告らの地位及び本件事故の発生

請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  責任

1  運行供用者責任

請求原因(一)(2)、(二)の各事実は当事者間に争いがないから、被告宏和、同恒男はそれぞれ原告らが被つた損害(物損を除く人損)を賠償すべき責任がある。

2  不法行為責任

いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第二ないし第四号証、乙第一ないし第三号証並びに弁論の全趣旨によると、本件事故現場は天神川通り方面から嵐山方面に通ずる三条通り道路上であるが、右道路は幅員約一四・七メートルで直線の平たんなアスフアルト舗装からなり見とおしは良好であること、道路両側端から約五メートルを除く道路中央部分約四・七メートルの間には京福電車の複線の軌道が設置されていること、なお天神町通り方面から嵐山方面に向け道路左側端から約一・二メートルには路側帯が設けられていること、被告宏和は、本件事故当時、被告車を運転し天神川通り方面から嵐山方面に向け道路左部分を進行し、本件事故現場付近に差しかかつた際、先行する林喜義運転の普通乗用自動車を右側から追越すため公安委員会が指定する最高速度時速四〇キロメートルを超える時速約八〇キロメートルに加速し京福電車軌道敷内の右側部分(自車進路方向から)に進出して追越しを開始したところ、同軌道敷内右側部分(右同)を対向進行してくる亡充運転の原告車を前方約五七メートルの地点に初めて発見し、急ブレーキをかけるとともに左にハンドルを切つたが及ばず、同車前部に自車前部を衝突させたこと、一方亡充は、その頃、原告車を運転して嵐山方面から天神川通り方面に向け道路左側部分を進行し本件事故現場付近に差しかかつた際、先行する和泉博運転の普通乗用自動車を右側から追越すため時速約六〇キロメートルに加速し京福電車軌道敷内に進出して右和泉運転の車両を追抜き軌道敷内の左側部分(原告車進路方向から)を進行していたところ、前方の軌道敷内左側部分(右同)を高速度で対向進行してくる被告車を認め、一旦左にハンドルを切つたが、被告車が原告車の進路方面に進出してくる気配があつたため、更に右にハンドルを切つて進行した直後、右のように被告車と衝突したこと、本件事故当時原告車の進路左側道路上にはその左後方約一〇メートルの位置を走行する右和泉の車両を除いて近くに進行車両はなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告宏和は先行車を追越すに際し、公安委員会が指定する最高速度(時速四〇キロメートル)を遵守するのは勿論対向車両の有無、動静を確認して通行すべき注意義務があるのに、これを怠り、対向車両の有無、動静を十分確認しないまま漫然時速約八〇キロメートルの高速度に加速して軌道敷内右側部分に進出して追越しを開始した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  亡充の過失

右認定の事実によると亡充は本件事故当時左方にハンドルを切つて事故を回避するのが必ずしも不可能な状況にはなかつたのであるから、亡充が右方にハンドルを切つたのは事故回避のための避譲措置として適確なハンドル操作とはいえず亡充には一端の過失があつたものといえ、また最高制限速度である四〇キロメートルを超える時速約六〇キロメートルで進行した不注意(過失)もあつたものというべきである。

そして亡充と被告宏和の本件事故についての過失割合は亡充一割、被告宏和九割とするのが相当である。

三  損害

1  亡充の逸失利益

(一)  給与に関する損害

証人金辻英男の証言により真正に成立したものと認められる甲第七ないし第一三号証、第一五、第一七号証(第一三号証については原本の存在とも)、同証人の証言原告雅一本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、亡充は昭和三三年一二月八日生れで本件事故当時満二二歳の健康な男性であつたものであるが、昭和五三年大学を二年目で中退し、繊維業を営む丸織に昭和五四年三月から正社員として勤務していたが、同社には停年(五五歳)の規定はあるものの現実には採用されていないため、稼動可能な六七歳までは同社に勤務しえたこと、丸織は資本金二〇〇万円程度の会社であるが、昭和二四年に創業された京都の室町では中堅の堅実な織物を業とする企業で、亡充は同社から将来を嘱望されていたこと、亡充は本件事故前の一年間に給与として昭和五五年一一月から昭和五六年二月まで月額一一万〇九五〇円、昭和五六年三月一一万一四六〇円、同年四月から一〇月まで概ね月額一一万九四六〇円賞与として昭和五五年一二月二〇万円、昭和五六年六月二一万円の合計一八〇万一四八〇円を得ていたこと、丸織は同社が所属する繊維業者の団体である京都織物卸商業組合が毎年作成する年齢別モデル賃金表を参考にして例年それに記載された賃金額を下まわらないようそれに従つた月間給与を査定実施し、また賞与の支給を年二回(六月と一二月)行ない、その額は年間少なくとも月間給与額の三か月分を下まわらなかつたこと、右賃金査定に際しては勤務年数等に基づく賃金の上昇分(賃金引上げ分)とともに、物価の高騰等に基づく賃金の上昇分(ベースアツプ分)を折り込んで決定していたこと、昭和五七年度の右賃金表(甲第一五号証)によると男子の場合年齢が増すに応じて賃金は五〇歳に至るまでは上昇するが五〇歳をもつて上昇は停止し、なお男子高校卒五〇歳の賃金月額は三九万五九四八円であることが認められる。

右事実によると亡充は五〇歳までの二八年間将来昇給のあることは確実であつたものと推認される。しかし将来亡充が生存して勤務していたとした場合、同人の病気欠勤等の個人的事由、あるいは会社の営業成績、景気の変動等により昇給の幅については当然変動が予想されるから、同人の二八年先までの毎年の昇給を確実に享受しうるものとはにわかに認め難いので、右賃金表に示された昇給はその意味で亡充の昇給程度を知る一つの参考にすぎないというべきである。

ところで亡充の二二歳時と五〇歳時を比較するとこの間の昇給分は毎年ほぼ一四万円の昇給があることとなること(〔((39万5948×15))-180万1480〕÷28)及び前記諸般の事情(ベースアツプ分が含まれていること等)を考慮すると、亡充は五〇歳までの二八年間控え目にみて毎年五万円の昇給を受けられたものと認めるのが相当であるから、亡充は本件事故に遭わなければ二二歳から五〇歳までの二八年間は死亡時の年間収入額一八〇万一四八〇円に毎年五万円ずつの昇給分を加算した額を、またその後六七歳までの一七年間は毎年三二〇万一四八〇円(五〇歳時のこれまでの昇給分を含んだ額)をそれぞれ得ることができたものと推認される。

そして亡充の生活費としてその収入の五〇パーセントを要することが推認されるので、亡充の逸失利益の事故時における現価を求めるため年五分の中間利息を年別複式ホフマン方式に従い算出すると次のとおり三〇五二万円(但し万位未満切捨)となる。

(算式)

22歳から50歳までの28年間

〔(180万1480(死亡当時の年間給与)×17.2211(28年間のホフマン係数))+(5万(昇給による毎年の増加額)×215.5726(ホフマン係数))〕×1/2(生活費)=2090万1048

その後67歳までの17年間

〔180万1480+(5万×28)〕(50歳時のこれまでの昇給を含んだ年間給与)×(23.2307-17.2211)(ホフマン係数)〕×1/2(生活費)=961万9807

(二)  退職金に関する損害

証人知原信行の証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号証並びに同証人の証言によると、丸織の退職金は同社の給与規定によつて決められ、現在は昭和五二年三月二〇日改正の規定(甲第一八号証)によつているところ、右規定の退職金一覧表には勤務年数に応じて一定の幅をもつた金額(但し勤続年数六年以上、三年から五年までは一定額)が定められているが、丸織では勤務中同社に大損害を与えるなどの例外の事例を除き、原則としてその上限の金額の退職金を支給し、また勤務年数三八年を超える者については少なくとも勤続年数三八年で退職した者の退職金を支給していること、右一覧表によると勤続年数三八年の者に対しては自己都合を除く会社都合又は停年による退職につき五五〇万円から八五〇万円を支給する旨定められていることが認められる。

右事実によると亡充が死亡時(二二歳)からなお六七歳まで勤務した場合同人は右退職時に八五〇万円退職金を得られたものと認められるから、右金額につきホフマン方式により年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると次のとおり二六一万四六〇〇円となり、亡充は同額の退職金に関する損害を蒙つたこととなる。

(算式)

850万×0.3076=261万4600

2  亡充の慰藉料

亡充が本件事故により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認できるところ、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると亡充の精神的苦痛に対する慰藉料額は六〇〇万円と認めるのが相当である。

3  相続

原告らが亡充の父母であることは当事者間に争いがないので、原告らは相続により亡充の逸失利益の損害賠償請求権及び慰藉料請求権の各二分の一にあたる一九五六万七三〇〇円ずつを承継取得したことが認められる。

4  原告ら固有の慰藉料

原告らが亡充の父母であることは前記のとおりであり、原告らが亡充の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認できるところ、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料額は各金三〇〇万円と認めるのが相当である。

5  葬儀費用

弁論の全趣旨によると亡充の葬儀が原告雅一の手により行われたことが認められるところ、当事葬儀に通常要すべき費用としては六〇万円を下らなかつたものと推認されるから、原告雅一は六〇万円の支出を余儀なくされたと認める。

6  物損

原告雅一本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五、第六号証、原告ら主張の写真であることが認められる検甲第一ないし第三号証並びに右尋問の結果によると、原告雅一は原告車を所有していたが、本件事故により原告車が修理不能な程度に破損し、これと同程度の車両の購入を余儀なくされ、登録手続等諸費用を含め五八万二四五〇円を支払つたことが認められる。

7  過失相殺

亡充には前記認定の割合の過失(一割)があつたから、これを原告らの損害額の算定に当つて斟酌するのが相当であるから、過失相殺するときは、原告雅一の逸失利益、慰藉料相続分、葬儀費用、固有の慰藉料に関する合計損害額は二〇八五万〇五七〇円、物損に関する損害額は五二万四二〇五円となり、また原告玲子の逸失利益、慰藉料相続分、固有の慰藉料に関する合計損害額は二〇三一万〇五七〇円となる。

8  損害の填補

原告らが自賠責保険から二〇〇〇万円の給付を受けたことは当事者間に争いがなく、原告らは原告雅一において一〇〇〇万円を前記逸失利益、慰藉料相続分、固有の慰藉料、葬儀費用に関する損害に、また原告玲子において一〇〇〇万円を前記逸失利益、慰藉料相続分、固有の慰藉料に関する損害にそれぞれ充当するというのであるから、それぞれ原告らの損害から控除すると、その残額は、原告雅一について、前記逸失利益、慰藉料相続分、固有の慰藉料、葬儀費用に関する損害につき一〇八五万〇五七〇円、物損につき五二万四二〇五円、原告玲子について一〇三一万〇五七〇円となる。

9  弁護士費用

原告雅一本人尋問の結果によると、原告らはそれぞれ本件損害賠償事件解決のため本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人らに委任し相当額の報酬を支払うことを約していることが認められるところ、そのうち本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は原告雅一について前記逸失利益、慰藉料相続分、固有の慰藉料、葬儀費用に関する損害部分につき一〇〇万円、物損に関する損害部分につき五万円、原告玲子について一〇〇万円と認めるのが相当である。

10  そうすると被告宏和、同恒男は原告雅一に対し連帯して一一八五万〇五七〇円及びうち一〇八五万〇五七〇円に対する本件不法行為の日である昭和五六年一〇月三〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、被告宏和は原告雅一に対し五七万四二〇五円及びうち五二万四二〇五円に対する同日から完済に至るまで同割合の遅延損害金の、被告宏和、同恒男は原告玲子に対し連帯して一一三一万〇五七〇円及びうち一〇三一万〇五七〇円に対する同日から完済に至るまで同割合による遅延損害金の各支払義務がある。

四  被告会社関係

1  請求原因5(一)(1)の事実、(2)(3)のうち原告ら主張の保険約款があること、被告宏和が目下服役中で無資力であることは当事者間に争いがないから、原告らはそれぞれ被告会社に対し被告宏和又は同恒男に対する本判決の確定を条件に物損を除く前記損害賠償額につき保険金を直接請求することができ、また原告雅一は被告会社に対し被告宏和に対する原告雅一の物損に関する請求にかかる本判決の確定を条件に同被告の被告会社に対するその保険金請求権を債権者代位権に基づき代位行使することができる。

なお、弁論の全趣旨によると被告らは損害賠償義務及び保険金給付義務を争い、原告らが損害の速やかな賠償を得る必要に迫られていることは明らかであるから、原告らの請求は予めその請求をなす必要がある場合に該当するものということができる。

2  従つて被告会社は原告雅一に対し本判決中同原告と被告宏和に関する部分が確定したときは、一二四二万四七七五円及びうち一一三七万四七七五円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、本判決中同原告と被告恒男に関する部分が確定したときは、一一八五万〇五七〇円及びうち一〇八五万〇五七〇円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで同割合による遅延損害金の、また原告玲子に対し、本判決中同原告と被告宏和、同恒男の双方又はいずれか一方に関する部分が確定したときは、一一三一万〇五七〇円及びうち一〇三一万〇五七〇円に対する右確定日の翌日から完済に至るまで同割合による遅延損害金の各支払義務がある。

五  結論

よつて原告らの本訴請求は被告ら各自に対し前記三10、四2記載の限度で正当であるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

別紙 給与及び賞与にかかる逸失利益計算書

昭和

56年(22歳)(119,400×2+108,000×2)×(1-1/2)=227,400

57年(23歳)131,153×(12+3)×(1-1/2)=983,647

58年(24歳)138,507×(12+3)×(1-1/2)=1,038,802

59年(25歳)145,862×(12+3)×(1-1/2)×0.9523=1,041,782

60年(26歳)153,217×(12+3)×(1-1/2)×0.9090=1,044,556

61年(27歳)167,861×(12+3)×(1-1/2)×0.8695=1,094,663

62年(28歳)182,505×(12+3)×(1-1/2)×0.8333=1,140,610

63年(29歳)194,423×(12+3)×(1-1/2)×0.8000=1,166,538

64年(30歳)206,342×(12+3)×(1-1/2)×0.7692=1,190,386

65年(31歳)218,261×(12+3)×(1-1/2)×0.7407=1,212,494

66年(32歳)229,959×(12+3)×(1-1/2)×0.7142=1,231,775

67年(33歳)241,658×(12+3)×(1-1/2)×0.6896=1,249,855

68年(34歳)253,357×(12+3)×(1-1/2)×0.6666=1,266,658

69年(35歳)265,056×(12+3)×(1-1/2)×0.6451=1,282,407

70年(36歳)276,755×(12+3)×(1-1/2)×0.6250=1,297,289

71年(37歳)286,283×(12+3)×(1-1/2)×0.6060=1,301,156

72年(38歳)295,810×(12+3)×(1-1/2)×0.5882=1,304,965

73年(39歳)305,337×(12+3)×(1-1/2)×0.5714=1,308,521

74年(40歳)314,864×(12+3)×(1-1/2)×0.5555=1,311,802

75年(41歳)324,391×(12+3)×(1-1/2)×0.5405=1,315,000

76年(42歳)332,881×(12+3)×(1-1/2)×0.5263=1,313,964

77年(43歳)341,371×(12+3)×(1-1/2)×0.5128=1,312,912

78年(44歳)349,861×(12+3)×(1-1/2)×0.5000=1,311,978

79年(45歳)358,340×(12+3)×(1-1/2)×0.4878=1,310,986

80年(46歳)366,839×(12+3)×(1-1/2)×0.4761=1,309,890

81年(47歳)372,661×(12+3)×(1-1/2)×0.4651=1,300,000

82年(48歳)378,483×(12+3)×(1-1/2)×0.4545=1,290,153

83年(49歳)384,305×(12+3)×(1-1/2)×0.4444=1,280,888

84年(50歳)390,127×(12+3)×(1-1/2)×0.4347=1,271,911

85年(51歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.4255=1,263,569

86年(52歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.4166=1,237,139

87年(53歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.4081=1,211,897

88年(54歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.4000=1,187,844

89年(55歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3921=1,164,384

90年(56歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3846=1,142,112

91年(57歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3773=1,120,433

92年(58歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3703=1,099,646

93年(59歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3636=1,079,750

94年(60歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3571=1,060,447

95年(61歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3508=1,041,739

96年(62歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3448=1,023,921

97年(63歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3389=1,006,400

98年(64歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3333=989,771

99年(65歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3278=973,438

100年(66歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3225=957,699

101年(67歳)395,948×(12+3)×(1-1/2)×0.3174=942,554

計 53,215,665

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